こんにちは、和菓子屋のあんまです。
秋風が心地よく頬をなでる季節となりましたね。
澄み切った夜空を見上げると、ひときわ明るく、丸い月が輝く頃。そう、今回は日本の秋の風物詩であり、古くから人々の心を捉えてきた「中秋の名月」、すなわち「十五夜」について、その深遠なる魅力と、それに寄り添う和菓子の情景を、たっぷりとお話しさせていただきます。
長文となりますが、どうかお茶を一服、お気に入りの和菓子を添えて、ゆったりとした「ひととき」をお過ごしいただければ幸いです。
🎑 はじめに:なぜ「中秋の名月」は特別なのか
「中秋」とは、旧暦の7月から9月までの「秋」を三つに分けたうちの真ん中、すなわち旧暦8月を指します。そして、「中秋の名月」とは、その旧暦8月15日の夜に出る月のことを言うのです。現代の暦(新暦)では、9月中旬から10月上旬頃にあたります。
この時期の月が特別とされるのは、空気が乾燥し始め、月が最も美しく、鮮やかに見えるからです。また、この十五夜の月は、古くから農作物の収穫時期と重なるため、収穫への感謝と豊作を祈願するお祭りという意味合いも持っていました。
ただ単に美しい月を愛でるだけでなく、自然の恵みに感謝し、季節の移ろいを感じる。それが、私たち日本人が大切にしてきた十五夜の心ではないでしょうか。
1.✨ 中秋の名月の歴史:いつ、どこから始まった?
中秋の名月を愛でる習慣は、実は日本固有のものではありません。その起源は、中国の「中秋節」にあるとされています。
中国からの伝来と雅な文化
中秋節は、唐代(7世紀〜10世紀)にはすでに行われていたといわれ、満月を家族円満の象徴とし、月餅(げっぺい)などを供えて楽しむ盛大な行事でした。
この風習が日本に伝わったのは、平安時代とされています。
- 平安貴族の遊び:当時の貴族たちは、中国の文化を積極的に取り入れました。しかし、日本の貴族は、中国のように月を直接見上げるだけでなく、池や盃に映った月を眺めるという、より雅で繊細な方法で月を愛でました。これは、水面に揺れる月影に、儚さや奥ゆかしさといった、日本独自の美意識「もののあわれ」を見出したためと言われています。船を浮かべて詩歌を詠んだり、管弦の楽を奏でたりする「観月の宴(かんげつのえん)」が催されました。
- 庶民への普及:江戸時代になると、この習慣は貴族の遊びから、庶民の間にも広まっていきました。農家では、十五夜がちょうど里芋の収穫期にあたることから、「芋名月(いもめいげつ)」とも呼ばれ、収穫祭としての意味合いが強くなりました。この頃から、月見団子や里芋、そしてススキを供える風習が定着していったのです。
現代に至るまで、私たちはこの歴史の流れを受け継ぎ、十五夜の夜には月を眺め、自然の恵みに感謝する静かな時間を過ごします。
2.🍡 団子だけじゃない!十五夜の供え物に込められた願い
十五夜の夜、窓際や縁側に設えられたお供えの品々には、それぞれ深い意味と願いが込められています。
(1) 月見団子:満月と豊作のシンボル
十五夜のお供えといえば、やはり月見団子です。
- 形の意味:月見団子は、その名の通り、満月をかたどった丸い形をしています。これは、満月が「物事の結実」や「円満」の象徴とされることから、家族の健康や幸福への願いが込められています。
- 数の意味:一般的に、十五夜には15個の団子を供えます。これは、旧暦の「15日」にちなんだものです。積み方は、団子が崩れないようにピラミッド型に積み上げられることが多いです。地域によっては、俵型や、里芋に見立てた形など、様々な団子が用いられます。
- 神様への捧げもの:収穫したお米を粉にして団子にし、神様である月に捧げることで、来年の豊作を祈願し、収穫への感謝を伝える役割も担っています。
(2) ススキ:稲穂の代わりと魔除け
供え物として、団子の横に欠かせないのがススキです。
- 稲穂の代わり:十五夜の時期は、まだ稲穂が実る前です。そのため、稲穂に似ているススキを飾ることで、豊かな稲穂に見立て、豊作を願う意味があります。
- 魔除けの力:ススキの鋭い切り口には、古くから魔除けの力があると信じられてきました。お供えしたススキを軒下に吊るしておくと、一年間の病気を防ぐという言い伝えもあります。
(3) 里芋などの秋の収穫物:芋名月の由来
前述したように、十五夜は「芋名月」とも呼ばれます。
- 里芋:お供えには、その時期に収穫される里芋を主役とします。里芋は一つの株からたくさんの芋ができるため、子孫繁栄の願いも込められています。
- その他:栗や枝豆、柿といった、その時期にとれた旬の野菜や果物も一緒に供えます。これらもまた、自然の恵みに感謝する気持ちの表れです。
これらの供え物は、月からのパワーを受け取ると信じられており、お供えが終わった後に皆でいただくことで、健康や幸せを分かち合うという意味合いがあります。
3.📅十五夜だけじゃない!日本のお月見文化
「お月見」というと十五夜が有名ですが、日本の伝統的なお月見は年に3回あるのをご存知でしょうか。
(1) 十五夜(中秋の名月)
- 旧暦:8月15日
- 別名:芋名月
- 意味合い:収穫感謝と豊作祈願
(2) 十三夜(じゅうさんや)
- 旧暦:9月13日
- 別名:栗名月(くりめいげつ)、豆名月(まめめいげつ)
- 意味合い:十五夜の次に美しい月とされ、十五夜の後の収穫(栗や豆)に感謝する意味合いがあります。
(3) 十日夜(とうかんや)
- 旧暦:10月10日
- 別名:田の神様の神送り
- 意味合い:この日を境に田の神様が山へ帰るとされ、収穫を終えた田んぼを労い、翌年の豊作を祈願します。
「片見月(かたみつき)」の風習
十五夜と十三夜は、セットで楽しむものとされていました。どちらか一方の月しか見ないことは「片見月」といって、縁起が悪いとされた時代もありました。これは、十五夜の豪華絢爛な宴だけでなく、少し後の静かな十三夜の月も愛でることで、より深く秋の夜長を楽しむという、日本人の奥ゆかしい美意識の現れかもしれません。
4.🍵 和菓子と中秋の名月:月の光を閉じ込めて
さて、「和菓子とひととき」のブログとして、中秋の名月と和菓子の切っても切れない関係について語らないわけにはいきません。
和菓子は、日本の四季を映し出す芸術です。十五夜の和菓子は、まさに「月の光」「秋の気配」「収穫の喜び」を表現した、風雅な趣に満ちています。
(1) 月見団子の多様性
最も代表的なのは、やはり月見団子です。
- 関東風:白くて丸い団子を積み重ねるのが一般的です。シンプルながらも、その丸みが満月の輝きを象徴しています。上新粉や米粉を使い、つるりとした食感が特徴です。
- 関西風:俵型やしずく型をしており、こし餡で包まれていることが多いです。これは、里芋を模した形であり、「芋名月」の風習を色濃く残しています。
(2) 上生菓子の雅な世界
練り切りやこなしで作られる上生菓子は、この時期、格段に美しい「月」のモチーフで彩られます。
- 「望月(もちづき)」:満月の光を思わせる、澄んだ黄色や白の練り切りで、静かに輝く月を表現します。
- 「兎(うさぎ)」:日本では古来より、月には餅つきをする兎がいると信じられてきました。上生菓子では、白い練り切りで愛らしい兎をかたどり、秋草を添えるなどして、物語性豊かに表現されます。
- 「秋草の露」:ススキや萩(はぎ)など、秋の草花にきらめく露を寒天などで表現し、その向こうに輝く月を透かし見せるような、繊細な意匠が施されます。
- 「里の秋」:里芋を模した素朴な形や、栗餡を包んだものなど、収穫の喜びを表現した優しい味わいのお菓子も登場します。
これらの和菓子は、ただ食べるだけでなく、目で見て、菓銘(かめい)から情景を想像し、月の光の下で味わうという、五感をフルに使った楽しみ方を提案してくれます。
私が手掛けた上生菓子だと、以下のものがありますのでぜひこちらもご参考にしてください。
(3) 栗や芋の風味
十五夜の時期は、栗や芋が最も美味しくなる季節でもあります。
- 栗きんとん:黄金色に輝く栗きんとんは、その色合いから「満月」を思わせるとともに、秋の豊かな恵みを象徴します。
- 芋羊羹:素朴ながらも滋味深い芋羊羹は、芋名月の主役である里芋の代わりとして、秋の味わいを届けてくれます。
5.🌙 現代に生きる中秋の名月:お月見の楽しみ方
現代の慌ただしい生活の中では、旧暦を意識して十五夜を過ごすことは少なくなりましたが、だからこそ、この特別な夜を大切にしたいものです。
(1) 天体観測としての楽しみ
十五夜の月は、その丸さだけでなく、月の出が最も美しい月の一つと言われます。
- 月の出を待つ:水平線や地平線からゆっくりと昇る月は、オレンジ色を帯び、幻想的な美しさがあります。
- 月光浴:月の光を浴びる「月光浴」は、心を落ち着かせ、リラックス効果があると言われています。静かに月を眺める時間は、日々の喧騒を忘れさせてくれるでしょう。
(2) 文化的、精神的な時間として
- 伝統の再現:ススキ、月見団子、里芋などを用意して、小さな「お月見台」を設えてみましょう。形式に倣うことで、古(いにしえ)の人々が感じたであろう、自然への感謝の気持ちに触れることができます。
- 和歌を詠む:平安時代の人々のように、月の美しさに心を動かされたら、和歌や俳句を詠んでみるのも趣があります。言葉にすることで、感情がより深く記憶に残ります。
- 和菓子との対話:十五夜をテーマにした上生菓子を選び、その意匠が何を表現しているのか、どんな願いが込められているのかを考えながら、ゆっくりと味わう。これこそ、「和菓子とひととき」が提案する、最も豊かな時間の過ごし方です。
結び 🌕 儚き光に思いを馳せて
中秋の名月とは、単なる満月の日ではありません。
それは、遥か千年の時を超えて受け継がれてきた自然の恵みへの感謝であり、家族や人との円満への願いであり、そして何よりも、日本の繊細で奥ゆかしい美意識が凝縮された夜です。
夜空に浮かぶ、あの完璧なまでに丸い月は、見る人の心に静けさと、満たされた充足感を与えてくれます。しかし、その輝きは、次の瞬間には雲に隠れてしまうかもしれないという、儚さも同時に含んでいます。
「一期一会」。この言葉は茶の湯の精神ですが、お月見にも通じるものがあります。今年の中秋の名月もまた、二度と戻らない、その日限りの輝きです。
お気に入りの和菓子と温かいお茶をご用意いただき、どうか今年の十五夜には、夜空の神秘に心を寄せ、「和菓子とひととき」をお楽しみください。
きっと、あなたの心にも、静かで満ち足りた光が灯るはずです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
【追伸】
旧暦の月見は、実は必ずしも満月の日(旧暦15日)とは限りません。月の運行の都合上、満月が14日や16日になることもあります。ですが、古の人々が「最も美しい」と定めた旧暦8月15日を、私たちは変わらず「名月」として愛でます。完璧ではなくとも、その「日」を大切にする心こそ、日本の文化の深さかもしれませんね。


