こんにちは、和菓子屋のあんまです。
今年もお盆がきましたね。
日本の伝統的なお盆の行事とそれにつながりのある和菓子を調べてみました。
お盆と和菓子:季節が織りなす伝統の調べ
日本の夏を彩る大切な行事であるお盆。この時期、人々は故人の霊を迎え、供養し、感謝の気持ちを捧げます。お盆の準備から送り火までの行事には、先祖を敬う心と、家族や地域との絆を深める意味が込められており、その節々で和菓子は欠かせない存在として、私たちの生活に深く根ざしています。
1. お盆とは何か? その起源と意味
お盆は、一般的に8月13日から16日の4日間(地域によっては7月)に行われます。正式には「盂蘭盆会(うらぼんえ)」といい、その起源は仏教の経典に由来します。釈迦の弟子である目連(もくれん)が、餓鬼道に落ちて苦しむ母親を救うために、夏の修行明けに僧侶たちに供養したという故事がもとになっているとされます。
この仏教の教えと、古来の日本にあった先祖の霊を信仰する祖霊信仰が結びつき、現在のお盆の形が形成されました。お盆は、先祖の霊が一時的に家に戻ってくると考えられている期間であり、子孫がその霊を心からおもてなしし、供養することで、亡くなった方への感謝と敬意を表す大切な機会なのです。
2. お盆の主な行事と和菓子の役割
お盆の期間中には、様々な伝統的な行事が行われます。それぞれの行事には、和菓子が供物として、また人々が集う場での茶請けとして、重要な役割を果たしています。
2.1. 迎え盆(13日):精霊棚の設営と迎え火
お盆の初日である13日は、先祖の霊を家に迎える「迎え盆」です。この日までに、仏壇の前に”精霊棚(しょうりょうだな)”を設営します。精霊棚には、故人の霊が道に迷わず家にたどり着けるように、そして安らかに過ごせるようにとの願いを込めて、様々な供物を捧げます。
供物の中でも特に象徴的なのが、「精霊馬(しょうりょうま)」と呼ばれるきゅうりとなすで作った飾りです。きゅうりは足の速い馬に見立てられ、霊が一刻も早く家に帰ってこられるように、なすは歩みの遅い牛に見立てられ、帰りはゆっくりと景色を楽しみながらあの世に戻れるように、という意味が込められています。
そして、夕方には家の門前などで迎え火を焚きます。この煙を目印に、先祖の霊が迷わずに帰ってこられると信じられています。
この精霊棚に供えられるのが、多種多様な和菓子です。日持ちがよく、見た目も美しい練り切りや羊羹、季節の餡を使った生菓子などが選ばれます。特に、精霊棚に飾るお供えとして重宝されるのが、「落雁(らくがん)」や「打ち菓子」と呼ばれる干菓子です。米粉や豆粉に砂糖や水飴を混ぜて型で打ち固めたもので、日持ちすることから長期間のお供えに適しています。蓮の花や菊など、仏教や供養に関わるモチーフをかたどったものが多く見られます。
2.2. 中日(14日・15日):供養と親族の集い
中日の14日と15日は、故人の霊が家で過ごす期間です。連日、仏壇や精霊棚にお膳を供え、読経や供養を行います。親族が集まり、故人の思い出を語り合う大切な時間でもあります。
この時期に特に供えられる和菓子として、「おはぎ(ぼたもち)」が挙げられます。春のお彼岸には「ぼたもち」(牡丹の花に見立てて)、秋のお彼岸には「おはぎ」(萩の花に見立てて)と呼び分けられますが、お盆の時期も、小豆の持つ魔除けの力にあやかり、先祖の霊を供養する供物として広く作られます。米を半搗きにしたものに餡をまぶした素朴ながらも滋味深い和菓子は、亡き人を想う気持ちが込められた、お盆の味の代表格と言えるでしょう。
また、親族が集まる席では、茶請けとして冷たい水羊羹や葛菓子などが喜ばれます。暑い夏に、のど越しが良く涼しげな和菓子は、集まった人々にやすらぎを提供します。特に水羊羹は、冷やして食べると口の中でとろけ、夏の暑さを忘れさせてくれるため、お盆の時期に贈答品としても人気が高いです。
2.3. 送り盆(16日):送り火と精霊流し
お盆の最終日である16日は、家に帰っていた先祖の霊をあの世へ送り出す「送り盆」です。夕方になると、迎え火と同じ場所で送り火を焚き、霊が迷わずにあの世へ戻れるよう見送ります。京都の五山送り火などは、その壮大さから特に有名です。
地域によっては、供物を載せた小さな船を川や海に流す「精霊流し(しょうろうながし)」を行う風習もあります。これも、供物や霊をあの世に送り返すための儀式です。
この送り盆の供物としては、餅米を蒸して作る「団子」が供えられることが多いです。特に、積み重ねた団子を供える風習があり、これは霊があの世へ戻る際の旅路の食料として、あるいはあの世への階段に見立てているなど、様々な説があります。白くて丸い団子は、故人への感謝と別れを惜しむ気持ちを象徴しているとも言えます。
3. 和菓子に込められた「季節感」と「おもてなし」の心
お盆と和菓子の結びつきを語る上で欠かせないのが、季節感とおもてなしの心です。
3.1. 季節を映す意匠
日本の和菓子は、自然の美しさや季節の移ろいを表現することに長けています。お盆の時期、夏の盛りにふさわしい意匠が和菓子には施されます。
お盆といえば『鬼灯(ほおずき)』が思われますね。
上生菓子で鬼灯を作りましたのでこちらもあわせてお読みください。
- 蓮(はす):仏教において極楽浄土の象徴とされる蓮の花は、お盆の時期の和菓子の代表的なモチーフです。
- 朝顔、桔梗、撫子:夏の野花をかたどった練り切りや上生菓子は、涼しげで風情があります。
- 川や水:清らかな水をイメージした葛饅頭や琥珀糖は、故人の魂を清める意味も込めて供されます。
これらの和菓子は、視覚からも故人を敬い、静謐な雰囲気を作り出す役割を果たします。
3.2. おもてなしの心
和菓子は、先祖の霊を迎える供物として、また、集まった親族や弔問客をもてなす茶請けとして供されます。
亡き人へのお供えは、「ごちそう」であり、故人が生前好んだものを供えるのが最上の供養とされます。その際に、見た目も美しく、丁寧に作られた和菓子は、先祖への最高のおもてなしの形となるのです。
また、遠方から集まった親族を、冷たい飲み物と季節の和菓子で労をねぎらうことも、日本的な「おもてなし」の精神の発露です。和菓子は、単なる食べ物ではなく、故人と現世の人々をつなぎ、集いの場に潤いと和やかな雰囲気をもたらす、コミュニケーションの道具でもあるのです。
4. 地域によって異なるお盆の和菓子
日本は地域によって風習が大きく異なるため、お盆に供えられる和菓子にも多様な特色が見られます。
- 北海道や東北地方:米どころであることから、餅や団子を多めに供える地域が多いです。
- 近畿地方:**「みそはぎ」**という、おはぎに似た、もち米を小豆と黄粉でまぶした菓子を供える風習が残る地域もあります。
- 沖縄地方:お盆(ウークイ)には、餅米を練って蒸し、餡を包んだ**「くんぺん(餡餅)」や、餅米と砂糖を練り、色を付けた「ちんすこう」**に似た菓子を供えるなど、独自の文化が色濃く出ています。
これらの地域色豊かな和菓子は、それぞれの土地の産物や歴史、そして人々の信仰心が形になったものであり、お盆という伝統行事の深さを物語っています。
5. 現代における「お盆と和菓子」
核家族化が進み、昔ながらのお盆の風習をすべて行う家庭は減りつつあります。精霊棚を簡略化したり、遠方のため実家に帰省できない人も増えています。しかし、故人を偲び、感謝の気持ちを捧げるというお盆の本質的な意味は変わりません。
現代においても、お盆の時期には多くの人が帰省土産やお供え物として和菓子を選びます。日持ちのする羊羹や最中、故人が好きだった店の銘菓などは、今も変わらず、お盆という季節の贈答品の主役です。
和菓子は、その控えめながらも上品な甘さと、日本の美意識が詰まった意匠を通じて、人々の**「故人を想う気持ち」**を代弁する役割を担っています。
お盆という古来からの伝統行事と、日本の文化と美意識の結晶である和菓子は、切っても切れない関係にあります。和菓子は、単なる菓子ではなく、先祖への供養の心、親族への感謝の気持ち、そして季節の移ろいを感じる日本人特有の感性を映し出す、文化的な媒介者なのです。
日本の夏、先祖の霊を迎える静かで厳かな空気の中で、色鮮やかな和菓子が、私たちの心を故人へとつなぐ架け橋となっています。お盆の行事を大切に守り、和菓子を通してその意味を次世代に伝えていくことは、日本の美しい伝統を守ることにつながるでしょう。